子どもとしての気持ちがあふれた日

本当に本当に私個人の出来事ですが、忘れない様に綴っておきます。

母からLINEで、「電話ください」と連絡がありました。

入院している父が昨日から一時退院してきて、さっき病院に送って行ったよ、と。
昨夜からの父の言った言葉と、行動と、それを受け止めた母の様子を聞いて、途中から涙が止まらなくなりました。

父と母は一緒に住んでいますが、もう何年もこじれたままでした。
本当にいろいろあったので、私が間に入って話をしたこともあるけれど、父は頑なで、もう80歳ですから無理に何かをするでもなくそれぞれ暮らしている、といった感じです。
私ともギクシャク。孫たちが唯一の接点になっています。

どれくらい頑なかというと、黙って1人で入院するくらい頑なです。それも何度も。(苦笑)

母も辛い苦しい中、前向きに今を自分のために生きる選択をしてくれたので、
解決はしなくとも、小康状態の中でお互い生活しています。

私は小さい頃から父と仲が良くて、顔もそっくりで、性格も似ているところがあります。
だからこそ何もできないのが残念だなと思っていました。
でもそれも仕方ないと。

そんな父の雪解けと、それを母が色んな思いもあるだろう中、受け止めて2人で穏やかに過ごした様子が、たまらなくて。

ああ、私は2人に仲良くしてもらいたかったんだな、と気づきました。
その気持ちを、どこかに押し込めていたんだと。

昨日仕事が終わってベランダで夕焼けを見ていました。
雲の向こうの光がきれいで、インスタにあげたんです。

その空をずっと見てたら、ふと父のことを思い出して。

小さい頃、腕持って一回転してくれたの楽しかったな。
ウチの子どもたちのこと、可愛がってくれてたな。

父の笑う姿ばかりが思い出されて。
急にそんなことが思い浮かんだので、もしかしたら虫の知らせじゃなかろうかと怖くなったほどです。

もしこのまま、わだかまりがあるまま父に会えなくなったとしたら?
後悔するんは私やないやろか。
みんな大好きやったおじいちゃんとちょっと溝ができてしまって申し訳ないな。

そんなことを思っていました。

その頃、実家では父が帰ってきていて、数年ぶりに母と会話をしていたんです。

電話口で泣きながらそのことを伝えたら、母は「やっぱり親子は繋がってるんやな」と。
(母は何度か兄の窮地に兄の夢を見ている経験があります)

私は虫の知らせがいい虫の知らせだったことが本当に嬉しかったし、
単なる偶然だったとしても、その偶然が奇跡に思えてなりません。

父が、退院したらみんなに会いたいなと言ったそうで。
昨日私が空を見ながら想像した、父が笑いながら孫たちに囲まれている姿が実現したらいいなと思います。

なかなか涙が止まらなかったのですが、なんでこんなに泣けてくるのかと。

もうだいぶええ大人の私でも、やっぱり両親が仲良く穏やかにいてくれることがこんなに嬉しいことなんだと、子どもとしての気持ちに気づきました。
どちらを責めるわけではなく、単純に。

夫婦は他人。
でも子どもはそれぞれと血が繋がっててやっぱりどちらにも幸せでいてほしい。

子を持つ親として、私たち夫婦も幸せな関係を続けたいと思います。 

ABOUTこの記事をかいた人

田中佐江子

ライフオーガナイズを基本に、お母さんがかわいく・賢く・楽しく・朗らかに生きるためのヒントときっかけをお伝えしています。 お母さんが楽になって家族も自立する仕組み作りが得意です。